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稲垣護とのデュオ、というよりベースとのデュオ作品は伊藤潮《Autumn Nocturne》を含めて2作目にあたるが、ギターとのデュオといったら何を連想します? ヴォーカル、ピアノ、それとも管楽器? 私はジミー・スミスとのハモンド・オルガンですね。そう、誰もが知ってる、かの名盤ヴァーヴの《The
Dynamic Duo》です。
正確に分類するとフルバックがついたり、コンボで演っているのでデュオとは言えないが、2人のプレイはそれらを感じさせない、気にならない、いてもいなくともどちらでもかまわない、と思わせるほどの熱演にこのタイトルが付けられた。
宮之上貴昭と稲垣護がいくら対抗意識を持ってもこのご時世ですから、まさかフルバックを付けるなんて贅沢は望めませんが、熱演でなら《The Dynamic
Duo》に負けず劣らず、さしずめ"The Sparkin' Duo" と言ったところですか・・この《Live At The
Kitty Kitty Brown》は聴かせてくれましたね。
近年、ベースとのデュオでこれほど泣かせてくれたアルバムも思い当たらないが、宮之上貴昭のホームグラウンドでのライヴ録りという好条件にも恵まれ、時折り窺わせるリラックス・ムードの中にも2人の「やるぞ」という緊張感が伝わってきましたね。
今回も気になったのが河内スタジオ(秋田)でレコーディングされたソロ・アルバム《Me, Myself &
I》もそうだったが、アンプからサウンドを拾うのではなく楽器にマイクを近づけてのいわゆる"マイク録音" という方式である。
CDから聞こえるサウンドはアレッ、アコギ(注:悪気じゃないですよ、アコースティク・ギター)を弾いているのかな?と勘違いするほど、それはピックを使わない彼の特徴がより一層の効果もたらした生々しいものだ。
でも、最近シチュエーションに合わせてアコギで聴かせるギタリストがジャズ分野にもまた浸透し始めているようだ。
アコギといえば60−70年代に一世風靡をきたしたフォーク・ソングが最もよく知られているが、古くはジャズでも20−30年代はピックアップもなくこのアコギが主流だったそうだ。
話しはそれてしまったが、 "マイク録音" の欠点は感度を上げるためどうしても他の雑音まで拾ってしまうことにあり、随所に宮之上貴昭の「イェーッ」「・・・・ッ」と自身に気合を入れる唸りまで聞こえる。
しかしながら、逆にこれが聴くものにとってリアルな臨場感を与えている。恐らくそこを読んでのレコーディング・エンジニアの勝ち誇った顔が「どうだ」と言わんばかりに浮かんできた。
本アルバム中の傑作〈Summertime〉がこの雰囲気を十二分に語っている。
ベースかと思わせるほど宮之上貴昭の太いイントロから、リズミカルなパターンで繰り出される稲垣護のベース・ランニングがタイトルとは裏腹、昼寝なんかしていられないほどけたたましく鳴り響く。
ピシパシとはじける弦が指板上で "スパーク" しながら、まるでそこら中に火の粉を飛び散らしているかのごとくエキサイトしている。
これはフルバンドはもちろん、ドラムスもピアノも要らないと感じさせた、いやもしいたらかえって邪魔である。正に丁々発止の "スパーキン・デュオ"
だ。
当然、宮之上貴昭のギターも火の粉を受けて触発、すさましいばかりのソロを展開、唸りを連発しながらテンションを高めていく様子に、きっとオーディエンスはじっと眼を開けていられないほど眩しかったに違いない。
興奮冷めやまぬ〈Summertime〉のあと〈Things We Did Last Summer〉"過ぎし日の夏"と洒落っ気たっぷりのエンディング曲は心憎いばかりの宮之上貴昭のセンスである。
ギターとのデュオでオルガンという偏見はなくなりむしろアコースティク的なサウンドに、より新鮮味と興奮を感じた。このアルバムは《Live!》に続いて、私の【ライヴ100選】の中に保存された。
ウェスファン倶楽部
徳井由雄
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