|
カリフォルニアの青い空を求めて、寒い日本を後に、「モントレー、ロサンゼルス、ジャズパーティ」のスタートです。サンフランシスコに着き、郊外、サウサリートの穏やかな街並と海岸線を散策して、チャイナタウンで、今夜の酒の肴をGET。バスに揺られ、3時間程で景勝地、そして第一の目的地、モントレーへ到着。今年は「きりきりぶらうん」から店長、松田ユーコが参加してて、「アメリカは初めて」という彼女の案内を中心に行動しようと思った。また、大阪から寺田昌世S.F.Cも初参加してるから、ぢゃあ一緒に、と思いきや、神戸から来ている、という安井圭子さんが「あたしも連れてってー」。そして毎年参加している上原裕子S.F.Cも加わり、んー、難しい表現だけれど、いつでも誰かに交代してOKなハーレム状態。ハハ翌日、旗こそ上げないけど、皆んなを先導して、フィッシャーマンズワーフでクラムチャウダーの朝食をとってから、レンタカーを貸りて17マイルドライヴという海岸の眺めの良い道路をドライヴ。実はここ、日本を出発する、ほんの2日位前、タイガーウッズが見事な逆転優勝を果たした名門ゴルフコース、ペブルビーチの回りのドライヴコースなのだ。車は以前クリント・イーストウッド(友人?)の住んでいた家の前を通って、彼が昔、市長を務めていたカーメルへと入って行った。助手席に目をやると松田ユーコが青ざめている。ど−した?車に酔ったか?と訊いたところ、昨夜、アメリカに到着した喜びで、早朝まで皆んなで飲んでたという。カーメルまでの小旅行は雨も手伝って、彼女にとっては最悪だったかも知れません。
夜、モントレーのステージは、心の準備のないまま、僕の名前がリーダーとしてプログラムされていました。吉岡秀晃(p)、小林真人(b)、八城邦義(ds)
の気心知れた仲間でスモーキンのレパートリーを演奏。お客様の一人鈴木治彦さんは僕達の演奏で、もうすでに涙。もう、ハルさんったら。続くバンドは、モントレー・ジャズフェスにも出演してるというティム・ジャクソン(フルート)のグループ。でも、どういう訳か、日本から来たお客様には、やや不評。確かにフルートは上手なのだけど、JAZZのルーツ、BLUES感がないのだ。皆、睡眠モードに突入。僕らの演奏の後ぢゃ無理もない。てか?最後に僕も加わってジャムセッション。初日から大いに盛り上りを見せて舞台をL.Aに移す。
飛行機が悪天候のため、2時間半遅れてサンフランシスコを出発し、ようやく午後7時、L.Aのセンチュリープラザホテルに到着。そこで、僕を待っていたのは、15年前の元弟子、佐瀬君だった。6年前からL.Aに住んでいるという。ウェス・モンゴメリーの実弟、バディ・モンゴメリーが、トリオで出演してる店、「ブラッセリー」に早速吉岡と2人で案内してもらう。極上の演奏とテンダロインステーキに、至福の時間を過越した。「来て良かった」心から、そう思った。
バディさんは、5年前、モントレー・ジャズフェスに出演していた時、僕がバックステージで「ウェス・モンゴメリーに捧ぐ」と「ブルースランド」の、僕の2枚のC.Dをプレゼントした事を、ちゃんと覚えていてくれた。そこで、話をして、明日からジャズ・パーティで演奏するから、是非来て下さい、と打診した。「本当に来たら、アガってピアノ弾けなくなっちゃう」と吉岡。ともあれ、この日の夜は忘れられない日となりました。
ようやく澄み切った、カリフォルニアの青い空になったのは翌日。また私設ツアーガイドになって、お嬢様方4人を引き連れ、ユニバーサルスタジオへ行く。トラムに乗り、大地震やキングコングのセットにド肝を抜かれ、ターミネーターの3・Dに興奮。皆んなを案内してるつもりなのに、いつの間にか自分が楽しんでいて、少しヒンシュク。
さて、L.Aでの演奏は、さしづめ「本番」。僕がリーダーのステージは日曜の午後。ディヴ・カーペンター(b)やシャーマン・ファーガソン(ds)を迎えてのセッション。ステージを見渡すと、そこにバディ・モンゴメリーの姿が。約束通り僕のステージを聴きに来てくれたのだ。緊張する吉岡。「4on6」でスタート、いきなり嬉しそうな笑顔をこちらに向けるバディ。彼の作曲した[Bock
To Bock」を演奏した時、彼の目は点になっていた。1時間のステージを、熱く終わらせた後、彼に近づいた。感激してくれて、「今度一緒に、レコーディングしよう」と言ってくれました。自分にとって、収穫の多いツアーでした。
|