| 「オ・ト・ニ・コ・ミ・ミ・ハ」 大島・利島・新島・神津島・御蔵島・三宅島・八丈島。
伊豆七島を北から順に並べるとこうなります。
その真ん中、東京から南に180キロ、黒潮が横を流れる神津島でのコンサートが、
毎月レギュラーで出演している吉祥寺「赤いカラス」の推薦で決定して、先日の16日〜18日に行ってきました。
主催してくださったのは島の役場と観光協会。
コントラバス、ドラムセット、ギターやベースのアンプなど、かさばって重い楽器さえなければ、神津島までは家の近くの調布飛行場から飛行機でたったの50分。また、朝早い高速船でも、東京・竹芝桟橋から3時間で着きます。
しかし、そんな楽器の事情があって、前日の夜10時出港の船に乗り込み、11時間半をかけて神津島に向かうことになりました。
東海汽船が協賛しているので、客が乗り込む前に車を船に横付けして楽器を搬入できた事はラッキーでしたし、誰も経験した事がないような、立ち入り禁止区域の、客船の裏の仕事の様子も垣間見る事が出来ました。
夜の長〜い船旅、メンバーが集まってする事といえば、もちろん「酒盛り」。乗り込む前にコンビニでビールや焼酎、はたまたウィスキーや氷を買い込み、僕が作って持ってきた「鶏の唐揚げ」と「砂肝とごぼうの煮付け」をツマミに、ドラが鳴って出港と同時に宴会のスタートです。
7名用の一等船室を一部屋用意してくれていたので、楽器とメンバー4人が入っても、比較的ゆったりとしていました。
船はレインボー・ブリッジをくぐり横浜に寄港。ランドマーク・タワーやインター・コンチネンタル・ホテルなど、「みなとみらい」を海から眺め、ベイ・ブリッジをくぐる。
まるで東京湾クルージングそのもので、景色の肴と相まって酒もすすみます。
バスドラムとバスタムのケースが、お酒やつまみを置くのにちょうどいいテーブルの代わりです。
東京湾を出たところあたりから船はスピードを上げました。
遠足に行く前の子供のように、酒盛りは大盛況です。
稲垣護(b)は焼酎派の酒豪です。きりきりに出演する時などは、自宅が千葉なので、車で帰るのでお酒を飲めません。それでどうやら、こういう機会に思う存分飲むんでしょう。
太田耕平(ds)はあまりお酒は強いほうではありませんが、そこそこ我々に付き合って飲んでいます。大野めぐみ(voc)は、「大野」と「めぐみ」の間に自ら‘酒豪’とミドルネームを入れているぐらいですから、大の酒好きです。
しこたまお酒が入って、まるでゆりかごに揺られているかのような船のローリングに、さすがに眠気を催し、いい気持ちのまま横になりました。
熟睡していると突然、「ギギッー」とけたたましい音が鳴り響きました。
船が大島に到着し、接岸作業をしている音でした。乗客のほとんどはここ、大島で下船しました。
その後船は利島、新島、式根島にそれぞれ寄港し、ようやく終点の神津島に着いたのは午前11時少し前、予定より1時間半も遅れて、結局13時間近くもかかりました。
考えてみれば、午前8時に出た高速船が間もなく到着する時間です。
僕たちを待っていたのは村役場の渡辺さんと観光協会の清水さん、スポンサーの井上さんでした。
地元の漁師さんが気軽に声をかけてきた・・と思いきや、何と「赤いカラス」の杉田さんでした。他の島の人より誰よりも「地元の人」になっていたのには笑っちゃいました。
杉田さんはこの島が気に入って、20年間に渡り、毎年何回も来ているそうです。
早速、演奏会場となる中学校の体育館に行って、セットしサウンド・チェック。
大野めぐみはどうやら船酔いしたらしく、顔色が悪い。
それでも何とか唄って、リハーサルを終了したけど、島内観光の誘いに、「ダメ・・あたしホテルに帰って横になってる」と言って、どこにも出なかった。
観光協会の清水さんが、僕と太田耕平を車で島内案内に連れて行ってくれました。
天上山という574mの山は神津島のシンボルです。海からいきなりの574mですから、かなり高い山に見えます。
実際、車で中腹まで登ったところ、火山独特の、威圧感のある男性的な山でした。
また、山中はつつじが見ごろを迎えていて、男性的な山と対照的で、美しくマッチしていました。
清水さんのガイド付きで、美しい海岸線をドライブして、お土産になる「明日葉」を摘みに行こう、という事になりました。
「どこに明日葉が生えているのか」の僕の質問に、すかさず車を止めて路側帯に案内し、
「これもこれも全部明日葉」。
島の北部の、あまり陽の当たらない明日葉が柔らかく、しかも2年物の新芽の部分が断然美味しいそうです。
清水さんの一言一句や行動から、生まれ育った神津島を心から愛している様子がひしひしと感じられました。
程なくして、一杯に摘んだ明日葉を抱えてホテルに帰ると、横浜から参加の、お馴染み、熊沢愛子さんが温泉から帰って夕食を食べていました。
聞けば、稲垣護や、東京から参加の佐藤正憲さんらと一緒だったそうです。
どうやら各々自分のペースで神津島を楽しんでいるみたいです。
演奏前、天気はあまり良くなく、小雨がぱらついていました。
開演時間は7時。6時半を過ぎても会場にはお客さんの姿はほとんどなく、
とても心配でした。
清水さんが昼間ちらっと言った言葉がふと僕の脳裏をよぎった。
「演歌だったら一杯になるんだけどな・・どうかなジャズは・・聴く人いるかな?」
ひょっとしたらお客さんは東京や横浜から参加した人と、関係者だけだったらどうしよう・・寂しい。。寂しすぎる。。
ところが開演10分前になって、そんな心配をよそに、ぞくぞくとお客さんが入ってきました。やった〜!よっぽど娯楽が少ないのか?見る見るうちにほぼ満席になりました。
客層はそれこそ子供からお年寄りまで、というより、どちらかというと子供とお年寄り、といった方がいいのでしょうか?その中間層はあまり見当たりませんでしたが。
そんなことは気にせずにマイペース。いつものスモーキンのサウンドで1曲目の「ラブ・フォー・セール」から飛ばしました。
たまに思うのですが、ステージでお客に合わせる曲目や演奏を考える事も大事だと思うのですが、度が過ぎると個性がなくなってしまい、どのバンドが演奏しても同じになってしまうように感じるんです。
ですから基本的には、自分達が演奏したい曲が一番スイングするわけだし、たとえ客の知らない曲であっても、いい演奏には心を奪われるはずでしょう。
とはいえ、聴衆の耳をさらにこちらに傾けるためには、誰もが知っている曲を数曲混ぜて演奏するのはいいことだと思います。
ジョビンの「ノー・モア・ブルース」を軽快なボサノバで演奏した後、大野めぐみの登場。
やはり紅一点、女性が入ると雰囲気はいきなり和らぐようだ。
前日にCDが届いたので、「ニアネス・オブ・ユー」「ハニー・サックルローズ」など、収録曲を中心に唄って、軽快なおしゃべりを加えて会場を大いに湧かせた。
かくして、神津島ジャズナイトは雨にもかかわらず大盛況のうちに終了しました。
コンサートが終わればもう一つの楽しみ「打ち上げ」が待っていました。
清水さんの友人の店「市寿司」で、朝釣ったと言う鰹、むつ、赤いか、などの地の魚を島の焼酎で一杯。思わず「来てよかった〜」。
ホテルに戻って、部屋で東京や横浜からの参加者とまた飲み会。船の中でも神津島でも同じであった。翌朝6時に起きてシャワーを浴び、魚をゲットするために市場へ行った。
この神津島で取れる魚は、シマアジ、ヒラマサなど、ほとんどが料亭に行く高級魚ばかり。
漁協の定位置網で獲れた魚があったので覗いてみると、イサキと、ほとんど地元でしか食べる事の出来ないオアカムロアジがあったので、買おうとして値段を聞いたら「持って行け」だって。
清水さんからいただいた3キロもの赤いかと合わせて、十分なお土産もゲットしました。
大野めぐみは名物の「クサヤ」をゲットしたようです。とっても勇気ある買い物です。
帰りの船は11時に出港です。お世話になった島の皆さんとお別れする時がきました。
手を振ってお別れの挨拶をすまし、船室に入って程なくすると、稲垣護が口火を切って、もう酒盛りのスタートです。
但し、帰りの船室は行きの時とは趣を変えて「セッション付き」です。
ドラムはスネヤとシンバル、ベースも出して、ギターはアンプにつないで本格的にリハーサルならぬ、セッションの開始です。
小一時間のセッションを2回、とりわけ後半は稲垣護(g)、太田耕平(b)、宮之上貴昭(ds)
という、楽器をそれぞれ持ち替えた一期一会のセッションになりました。
かくして、帰りの船旅は時間があっという間に過ぎた感じで無事東京に帰りました。
初めて訪れた神津島。短い時間でしたけど、海の美しさと大自然、そして美味しい海の幸と人情に感激しました。
また神津島の皆さんのお力で、私たちを是非また呼んで欲しいと思います。
とりあえず今年の夏、プライベートでもう一度行きたいと思います。
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