@ 特   集 @ 月刊スモーキン
2004年12月号:最終号

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ロットンの子供たち
月刊スモーキン最終号に寄せて
さようならSMOKIN'
犬も歩けば棒に当たり、街を歩けば
  〈マナー違犯〉に当たる?!
宮之上のミュージシャン的ココロ
おら津軽さ行って来ただ
編集後記
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録的な上陸回数の台風の大きな被害。そして新潟中越地震による災害。
12月だというのに、各地で気象観測史上初の「夏日」を記録したり、
台風を上回る突風が吹き荒れたりしています。
これも地球温暖化に伴う異常気象でしょうか。。

ロットン きりきりぶらうん
ロットン きりきりぶらうん

私にとりまして今年を振り返るなら、父やジミー・ラブレイス(ds)など
大切な人を亡くし、またつい先日、可愛がっていたペットのウサギの
ロットン」まで死んでしまうという、最悪な年に思えました。
そして、止むなく「きりきりぶらうん」を閉店させたことは、
私だけでなく皆様にとっても寂しいことでした。

この大きな転換点とも言えた2004年に、また一つピリオドを打つのが
この「月刊スモーキン」です。
SMOKIN'のバンド名称が無くなることに伴い、廃刊となるわけです。

ジャズギター・パフォーマンスとはいえ、暗い寂しいニュースばかりではありませんでした。

私のこれまで築いてきた音楽の「集大成」とも言うべきDVD、
ジャズギター・パフォーマンスが発売された事は大きな喜びです。
http://miyanoue.net/news/dvd/dvd.html

また、「月刊スモーキン」は、しばらくの充電と構想期間をいただいた後、
月刊みやのうえ」を新たに発刊する予定です。

そして何より、来春から放送開始になるDO JAZZは、皆さんが心待ちに
していることと思います。

時は確実に流れて行き、命あるものは必ず無に帰します。
ですから、これからも自分に出来ることをいつも精一杯やり遂げようと
思います。

それでは最後となります「月刊スモーキン」をお読みください。

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《SMOKIN'の生い立ち》

SMOKIN' AT THE HALF NOTESMOKIN'」は、元々はウェス・モンゴメリーウィントン・ケリーの名盤、
SMOKIN' AT THE HALF NOTEから取ったバンド名で、
黒人のスラングで、「決めたぜ!」とか「ゴキゲン!」と言う意味があります。

1981年4月、つまり今から23年と8ヶ月前のことです。
コロンビア・レコードの「DENON・JAZZ」シリーズから発売が決まっていた
レコード、リビエラの録音を終えて、プロデューサーから、
「何かバンド名を考えた方がいい」という提案がなされて、考え付いたのが
SMOKIN'」の名前でした。
ちなみにLPのタイトルリビエラとは、1曲目に収録されている
バーニー・ケッセル作の〈ON THE RIVIERA〉からのものです。

RIVIERAこの時のレコーディング・メンバーは太田寛二(p)、山口雄三(b)、
岡山和義(ds)、初山博(vib)でした。
現在とメンバーが大きく代わってはいても、当時から私の演奏する
音楽自体は全く変わらず、この作品リビエラに於いても、
〈DONNA LEE〉〈WHISPER NOT〉などといった「ビ・バップ」を
中心としたコンセプションで構成されています。
また、熱川温泉に旅行した時に作曲した、その名もズバリ〈HOT RIVER〉は、
私の作曲した中でもとりわけ「名曲」との呼び声高い作品となっています。

※この作品リビエラは、すでに廃盤となっています。

《メンバーの変遷》

時の流れと共に、メンバーの移り変わりもありました。

ジャズ界に至ってはロックバンド等とは違って、メンバー各自が他のバンドにも
所属しているなどということは半ば当たり前で、SMOKIN'についても同様のことが
言えました。
他のバンドが忙しくなって去っていくことになったメンバーもいましたし、
音楽性がだんだん気に入らなくなって「首」にしたメンバーもいます。
とはいえ、ジャズバント゛の場合の「首」というのは、一般社会人に於ける
「リストラ」とは大きく異なり、しばらく経つとまた一緒に演奏したくなって
仕事を頼んだりするものなのです。

ピアニストについて言えば、太田寛二(p)から滝本博之(p)、
そして吉岡秀晃(p)と移り変わりました。

宮之上貴昭(g)、吉岡秀晃(p) 宮之上貴昭(g)、吉岡秀晃(p) 吉岡秀晃(p)
宮之上貴昭(g)、吉岡秀晃(p) 吉岡秀晃(p)

現在も参加している吉岡秀晃は在籍が最も長く、まさにSMOKIN'の「歴史」とも
いえるピアニストでしょう。
九州から上京後間もない1981年から、国分寺の同じアパートの私の2階に
住んで音楽を共に過ごしました。

しかし当時は太田寛二が抜けた後、滝本博之が在籍しており、
いきなりSMOKIN'のメンバーに入ることは出来ませんでしたが、
当時のSMOKIN'のメンバー同士の音楽的衝突があったのをきっかけに、
私がメンバーを一新することによって吉岡秀晃が入ることになります。

音符バー

ベーシストについても、
山口雄三沼上励広瀬文彦松島憲明浅見嘉則池田潔稲垣護と代わり、
ドラマーについても、
岡山和義藤沢博延原大力高橋信之介太田耕平と代わりました。

日本ジャズ名盤100選に選ばれたウェス・モンゴメリーに捧ぐを収録した、

ウェス・モンゴメリーに捧ぐ LP ウェス・モンゴメリーに捧ぐ CD

吉岡秀晃(p)広瀬文彦(b)岡山和義(ds)からなるメンバーは、
SMOKIN'第二次黄金時代」と呼ぶにふさわしいかもしれません。

残念な事に、ベースの広瀬文彦さんは「小脳萎縮症」という難病を患い、
長い間の闘病の末に亡くなりました。

※この作品ウェス・モンゴメリーに捧ぐは、LP、CD共、
すでに廃盤となっています。

音符バー

吉岡秀晃SMOKIN'と平行して自己のトリオでも活動を始め、
当時のSMOKIN'のメンバーをそっくり自分のトリオとしました。
メンバーは吉岡秀晃(p)、沼上励(b)、藤沢博延(ds)です。

NATHALIEこの事は私にとって嬉しい事でした。
なぜなら、彼のバンドに参加すれば必然的に「SMOKIN'」になるので、
他のバンドで演奏するのと違ってかなり自由に演奏する事が出来るからです。
この編成のSMOKIN'でも長年演奏し、ツアーでも全国を回ったり、
レコーディングもしました。

※作品はナタリーですが、すでに廃盤となっています。

川崎にあるジャズハウス「ピアニシモ」のママはこの編成での演奏を
振り返って、「あの時の演奏が当店のベスト・ライブだった」と語りました。

1993年6月、私がハワイのジャズギター・サミットを終えて成田空港から
自宅に電話した時に、ドラマー、藤沢博延さんが亡くなったという悲しい知らせを
聞きました。

音符バー

Full HouseSMOKIN'には管楽器奏者が度々客演しますが、岡淳(ts&fl)ほどSMOKIN'
深くかかわりを持つサックス奏者はいません。
大学在学中から国分寺の「アレキサンダー」などのジャズクラブに出演中の
SMOKIN'に飛び入り参加していました。

彼のテナーを加えたフルハウスのようなサウンドのゴージャスな編成で、
六本木「サテンドール」や横浜「エアジン」などでしばしば演奏しました。

客で来ていた彼のお父様が、「うちの息子はプロとしてやっていけるのでしょうか?」と
真剣に私に聞いていました。
私が「さあどうでしょうか。。。生活は厳しいかもしれませんが、
幸せにはなれるかもしれません」と答えた事を今でも覚えています。
何しろ岡淳は一橋大学を優秀な成績で卒業していますから。。。

宮之上貴昭(g)、岡淳(ts) DR.ロニー・スミスと
宮之上貴昭(g)、岡淳(ts) DR.ロニー・スミスと

彼にとって、とりわけ大きな思い出となっているのは、1988年インドの
ジャズ・フェスティバルジャズ・ヤトラに、日本代表としてSMOKIN'
出演した事でしょう。

ニューデリー、ボンベイ、バンガロール、ゴア。
アメリカから参加したケニー・バロン(p)のグループや、
ケビン・ユーバンクス(g)のバンドの連中と、インド国中を
演奏で飛び回りました。

その後、オルガンのDR.ロニー・スミスを日本に招いて全国ツアーを
行った時にも彼に参加してもらいました。

今でこそ岡淳は、日本を代表するプレーヤーに成長して、
後進からも慕われていますが、SMOKIN'で得た多くの経験がここまで
彼を大きく成長させたのかもしれません。

SMOKIN'結成当時、レギュラーで毎月出演していたジャズクラブ、銀座「スウィング」。

その同じ場所で今月19日(日)にSMOKIN' LAST LIVEを行い、
その長い歴史に幕を下ろすことになります。

この日は私の今までにリリースした全てのLPやCD、ポスターの展示も行うほか、
SMOKIN'に縁のある曲をたくさん演奏するつもりでいます。

このスモーキン・ラストライブの模様は、
来春から放送になるテレビみやのうえDO JAZZでオンエアーされます。

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日、久し振りに兵庫県にお仕事で一人旅をしてきました。

のぞみ 東海道・山陽新幹線で姫路まで行くのだけど、
何? 最近って「ひかり」も 「こだま」も「のぞみ」も同一料金なの?
しかも以前はなかったはずの「のぞみ号」の自由席ってあるんだ。。。
絶対に座れるということで全車指定席、そして元々停車駅は
東京・京都・新大阪・広島・小倉・博多だけだったはず。。。
何で新横浜や名古屋、はたまた新神戸や岡山も止まるわけ?
「早くて便利になった新幹線」などと謳っているけど、
それって結局「こだま」や「ひかり」より少し高い「のぞみ号」と
同一料金になったという事じゃないの??
これは調子いい人間がいかにも考えそうな、巧妙な手段だよね。

携帯電話一人ということもあって、その「のぞみ号」の自由席に座りました。
私は3人がけの窓側の席でしたが、隣に座った50代後半と思える夫婦。
車内アナウンスで、「お客様にお願い申し上げます・・・車内では携帯電話を
マナーモードに切り替え・・・」 と言っているそばから携帯電話が鳴り出し、
少しは「申し訳ない素振り」を 見せればこちらも納得がいくのに、全く動じず。
この日は朝早かったので、演奏に差し支えないように、車内でいくらかでも
睡眠を取ろうと思っていたのですが、うとうとする頃になると決まって
隣のおばさんの携帯が鳴り出します。
話す様子がないので、どうやらメールを受信した時に呼び出し音が
するらしいのです。

旦那も旦那で、奥さんに注意することもしません。
結局、新大阪までこの調子で、私は睡眠不足でした。
いい年齢を重ねているんだから、もう少し周囲の事を考えて行動して欲しいよね。

どうでもいいことをふと考えたんだけど、例えばこのご主人が
もし会社勤めだとして、そのポストは高い位置にあるのだろうか?
人のことを思いやらない人がはたして出世など出来るのだろうか?と。

山陽電鉄兵庫県での仕事での宿泊先は高砂市でした。
山陽電鉄の高砂駅そばのホテルに宿泊しましたから、
仕事を終えた帰りはここから電車に乗って姫路駅まで行きます。
山陽電鉄(サンデン)は、鉄道ファンでもある私にとって、
是非乗ってみたい路線の一つでした。
というのは、この私鉄は広軌といって、レールの幅が広く、
信じられないスピードで走る」という噂を聞いていたからです。

早速来た電車に乗りました。
各駅停車のため、スピード感など全く感じませんでしたが、
途中駅で特急列車に乗り換えて納得しました。
「おいおい!住宅街をこんなにスピード上げて大丈夫か!?」
何しろ、家と家の狭い間を、洗濯物もピューッというほどのを猛スピードで
走り抜けて行く様は信じ難く、恐怖さえ覚えました。
この恐怖の電車に平然と乗っているおばちゃんやおじちゃんを極めて
尊敬いたします。はい。
播磨王(ハリマオー) そうか、考えてみればここは播磨(はりま)の国。
みんな播磨王(ハリマオー)だ!!(古かったかな?)

さて、そうこうしているうちに電車は姫路駅に到着。
まだ駅構内の大勢の人混みの中なのに、同じ電車を降りた若者がタバコを
加えて火を付けた。
人混みの中での喫煙は本当に危ないです。
特に小さな子供にとっては、手で持つタバコの火と目線が同じ位置ですので、
厳しく守ってもらいたいマナーの一つです。

帰りの新幹線は「一人旅」ということもあって、列車は指定席を取らなくても
座れるものと侮っていましたが、 日曜日ということもあってか、
姫路に到着した上り列車は超満員でした。
車内の通路にも立っている人が大勢いましたので、仕方なくドア付近の
デッキに立っていました。
すると禁煙席に押しやられたと見える愛煙家が私のいるデッキにやって来て
タバコに火を付けました。
この狭い空間でタバコを吸われれば、もう「地獄」です。
しかも、おっさんが入れ替わり立ち代わりです。
列車が新大阪駅に着くと乗客の大半はここで下車し、お陰でようやく禁煙席に
座ることが出来ました。

禁煙マーク私がタバコを止めてちょうど3年になりました。
止めると、とたんに嫌煙家になるということを自分でも驚いていますが、
そのことよりも、かつて自分が人にすごく迷惑をかけていたのだ、
ということを思い起こしました。

さて、帰りはゆっくり睡眠を取って。。。と思ったそばから、前に座った人が
急にリクライニングを倒し、また近くの席では携帯電話の音が・・・

もうすぐ世間はクリスマスですが、イエスの言われた次の格言に留意することは
確かに大切です。

「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」(マタイによる書22:39)

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〈楽器について考える〉

ピアノイブハウスなどでは、演奏時間の直前にやって来て、
終演後、誰よりも先に帰れるのがピアニストです。

何故なら楽器がすでにセットしてあるからで、他の楽器のように、
セットアップやチューニングの必要がないから。

このフットワークの軽さもさることながら、
左手でバッキングをしながら右手でソロを取ることが出来て、
必用ならそのまま自分のバッキングで歌を歌うことさえ出来ます。

ちょっとだけピアノをかじった事のある人が弾いたとしても、
かなり豪華なサウンドが得られて上手に聞こえるのがこの楽器の特徴です。

ピアニスト先日も、とあるライブハウスに出演した時のこと、
開演前に私がステージでギターをチューニングしていたら、
ジャズなど聴いた事もなさそうなおばちゃん二人が店に入ってきて、
私はピアノが好きだから見えるところに座ろう」と言うのを
聞いてしまいました。
(そうか。。。ギターはダメか、やっぱり。。。)と、
内心「楽器コンプレックス」に陥りました。

素直に認めますが、やはりピアノは「花形楽器」なのでしょう。
だから小学校の時に両親が私にギターでなくピアノを
買ってくれてれば良かったんだ!(怒)

とはいえ、ピアニストにとって決定的な問題があります。
それは「自分の楽器を弾けない」ということです。はは。

一番理想的な楽器は何でしょうか。。。

トランペットやサックスなどの管楽器はどうでしょうか。
大きな音を出せるだけでなく、電車にも簡単に持ち込めます。
クラリネットなんて、ケースに入れたら弁当箱くらいの大きさです。

チャーリー・パーカーの作品 ジョン・コルトレーンの作品 マイルス・デイビスの作品

チャーリー・パーカー(as)やジョン・コルトレーン(ts)、
マイルス・デイビス(tp)ら、ジャズの巨人と呼ばれる人たちには、
確かに管楽器奏者が多いです。

とはいえ、管楽器にも決定的な問題があります。
それはコードが出ないということです。はは。
さらにピアノと違って自分の伴奏で歌う事、
つまり「吹きながら歌う」ことは出来ません、絶対。はは。

ドラムやベースほど運搬に苦労する楽器はないかもしれません。
楽器自体が大きいので、彼らは大抵車で移動します、
というより、車を持っていないと仕事にならないでしょう。
近郊のライブハウスに出演する時などは、店のそばに車を停めて搬入しますが、
その後、駐車禁止を気にしながらセットアップしないといけません。

ドラムセット ドラムセット収納

単発の仕事で地方に行くときは、ドラムセットは大抵の場合は現地で、
バスドラ、バスタム、タムタムの3点とスタンド類を用意してもらって、
自分お気に入りのシンバルとスネアドラムは持っていく、というのが普通です。

コントラバス コントラバス収納

ベースの場合は新幹線なら車掌の許可を得て、ドア付近にくくり着けていますが、
飛行機の場合はあらかじめコントラバスの専用ケース(コンテナ)を予約します。

確かにピアノに比べれば「率の悪い」楽器かもしれませんが、
どちらも、リズム楽器としての重要な役割を担う魅力的な楽器です。

では私の楽器であるギターについてはどうでしょうか。

石を投げればギター弾きに当たる」という格言がありますが、(宮之上作)
街を歩けば背中にギターを背負った、いわゆる「ギター小僧」の多さに
お気づきかと思います。

これほどギターという楽器が人気があるのは、一つにその手軽さでしょう。
どこにでも持ち運びが出来て、海や山などではコードを弾いて歌の伴奏などには
もってこいです。
そして手ごろな値段で買うことができますし、練習したくなったら夜中でもOKです。

アンプ ケース

しかしジャズに於けるギターはとても「手軽」とは言えません。
音量の問題で「アンプ」を使う必要があるからです。

私の場合は最近はライブでもスタンデールの大きいアンプを使っていますので、
運搬には苦労しています。
また、飛行機での移動では、アンプは現地調達としても、
例のカールトン社製の10キロもあるケースを使いますので、
ドラムスやベース同様に、「演奏より運送」になってしまいます。(笑)

こうして考えると、どの楽器も一長一短のような気もしますね。
どんな楽器であれ熟達して、いかに「極めるか」かもしれません。

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「すたばてつんがるはよ、あずがさわよりちたでよ、
 へでばていわつさんのみえねぐばほんどのつんがるといわねもんな」

「しかしながら津軽は、鯵ヶ沢より北で、
 そして岩木山の見える所でなければ本当の津軽とは言わないのです」

と26年ぶりに津軽の本拠地ともいえる弘前に演奏で行ってきました。

吉岡秀晃(p)がイニシィアティブを取るこのバンド名はHEART STRINGS
「心を揺さぶる」とか「琴線をくすぐる」の意味。
う〜ん。。。いい名前だ。
メンバーはドラムの抜けたスモーキンと全く同じで、稲垣護がベース。

HEART STRINGS
吉岡秀晃(p) 宮之上貴昭(g) 稲垣護(b)
吉岡秀晃(p) 宮之上貴昭(g) 稲垣護(b)

大野めぐみ(voc)東北新幹線「はやて」に乗り込むや否や、長旅とあって、
早速吉岡秀晃と私は缶ビールと日本酒を注文、ツマミに「牛タン」と
「ほやの燻製」で酒がすすみ、 列車が八戸に着く頃には二人とも
すっかりいい気持ちになっていました。
人一倍酒好きのはずの稲垣護はどうやら酒の楽しみを演奏後に
とっている様子で、 終始覚めて私達を見ていました。
そんな中、私の携帯にメールが入りました。
見るとメールは大野めぐみ(voc)からで、「くれぐれも車内での
お酒の飲みすぎには気を付けましょう」とあります。
なんだなんだ?!お母さんみたいな人だな。。。)どうして解るのか
不思議に思っていたら、稲垣が逐一メールで報告していました。

東北新幹線「はやて」 特急「つがる」
東北新幹線「はやて」 特急「つがる」

八戸でひんやりとした空気の中、在来線特急「つがる」に乗り換え、
目的地の弘前まではあと2時間弱です。それにしても弘前は遠い。。。

26年前に演奏した時は、北島直樹(p)、山口雄三(b)、坂田稔(ds)という
メンバーで、小さなジャズハウスで演奏しましたが、覚えている事といえば、
打ち上げの時の津軽弁が強烈で、理解するのに苦しんだことです。

2DAYSで行われたコンサートでは、それぞれ会場の趣が異なっていました。

初日は地元でも有名なたけやというお蕎麦屋さんでジャズファンを
集めてのコンサートでした。
弘前到着後、程なくしての開演とあって、会場に到着した時にはすでに
大勢のお客様がいらしていました。

いつもの仲間ということもあり、津軽の暖かいファンに囲まれて、
リラックスした雰囲気でSMOKIN'のレパートリーなどをたくさん
演奏することが出来ました。

河内伸介嬉しいことに、以前から私を弘前に呼びたかったという、
ファンの小山内康晴さんにお会いできました。
加えて、河内スタヂオ河内伸介も秋田から駆けつけてくれました。

宿泊は弘前駅に隣接するホテルでしたが、駅周辺の近代化には
目を見張る物があります。

少なくともこの辺りだけ見るなら、首都圏とあまり変わりません。
でも昔の面影がどんどん無くなっていくのは寂しい思いがします。

2日目はパーティの仕事で、ジャズファンはあまりいない様子でしたが、
私達は一生懸命に演奏しました。
演奏会場と宿泊先が同じということは、体がとても楽でいいです。

演奏時間はたったの40分でしたから、ミュージシャンにとっては
いささか物足りず?

高橋さんという女性の経営するカフェ〈アドベント・ヒルズ〉と
いうお店に行ってまた盛り上がりました。
池田広里という素晴らしいクラシックギター奏者のプレイに聴き入ったり、
素敵な津軽の人たちとの交友を楽しんで、私達も夜が更けるまで演奏しました。
少し残念に思った事は、この場にいる人たちは洗練されているせいでしょうか?
ネイティブな津軽弁を話す人が誰もいませんでした。
ここにいる誰よりもむしろ私の方が上手だったかもしれません。(笑)

2日間連続で三沢市からライブを聴きに来てくれた、
熱心なファンの山本健雄さんにも感謝したいと思います。

お土産に名物の「津軽漬け」(カナダ産数の子使用って、どこが津軽やねん)を、
ダイエーのデパ地下で買って、こうして翌朝、無事にみんな揃って
朝9時9分発の列車に・・・
と思いきや、待ち合わせのはずのホームにはメンバーが誰もいません。
弘前城の桜 列車が来たのでやむなく乗り込むと吉岡から携帯にメール。
「起きられないので先に行ってください」

後から聞きましたが、稲垣も寝坊して列車に間に合わずに、
3人ばらばらで帰京しました。ポン

「今度は弘前城の桜の頃にまた来てください!」と言ってくれました。
もしタイミングが合えば、是非また弘前に行きたいと思います。

【 編集後記 】 TOP

年にわたり「月刊スモーキン」をご愛読くださりありがとうございました。

鉛筆 パソコン

手書きの郵送から始まり、その後インターネットに代わりました。
しかしながら、私の音楽性は今後も変わる事はないでしょう。

過去 現在

来春から「月刊スモーキン」に代わって「月刊みやのうえ」になったとして、
内容が充実する事はあっても、本質が変わる事はありません。
どうぞお楽しみにお待ちしてください。

それでは来春、「月刊みやのうえ」でお会いしましょう!