| サンノゼ・ジャズファスティバル |
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| サンノゼへは、A.A, アメリカンエアラインとJALが、それぞれ日本から直行便を飛ばしていて、今ではアメリカ路線の中でも、最も混雑する便で、予約もなかなか取れません。というのも、コンピューター・ソフトの開発の世界の中心地になっているからです。「シリコンバレー」の名は、コンピューター関係の人に知らない人はいないでしょう。その中心をなすのが、ここサンノゼなのです。Yahooもここが発祥地です。 San Joseはスペイン語だと、サンホセ。セルジオ・メンデスとブラジル'66の歌でおなじみかもしれませんが、場所をもっとくわしく説明すると、サンフランシスコの南、車で1時間くらいの海から陸に少し入ったところ、そのまま2時間なんかすれば、毎年行っているモントレーです。いつもはサンフランシスコからバスでモントレーに行く途中立ち寄る所だったのですが、今回はここがメインです。 町並みの美しさに驚きました。路面電車が通行する人々と、こんなに融合している光景は見たことがありません。 そして、まさに雲1つ無い青空とは、この事です。 陽が当たる所は30度近くになりますが、日陰に入ると半袖では寒いくらい。それ程、温度差があって、空気は乾いています。 僕が到着した日、サンノゼ・ジャズフェスティバルの前日で、街のいたる所にポスターや旗が立てられていました。 今年で11回めを迎えるフェスティバルだそうで、その規模は大きく十数ヶ所のステージで三日間行われます。北村英治さんと僕は土曜の夕方にジャズクラブ、夜にジャムセッションとステージが組まれ、更に日曜の夕方、ビックバンドとの共演が組まれていました。 ジャズクラブではTaylor Eigsti のピアノトリオに参加しました。 何と、何と 協力にスイングするこのピアニストは15才。地元の大人気者で、既にC.Dも数枚発表している。オスカー・ピーターソン風になったり、ハービー・ハンコックになったりと、15才と思えぬ達者ぶりを見せてくれた。 僕の「L.Aコネクション」を前もって聴いてくれたらしく、「一緒に演奏するのが楽しみだった」と語ってくれた。 そして、夜は「モンゴメリー・シアター」という所で、西海岸一のピアニスト、スミス・ドブソンのジャムセッションに加わった。 メンバーが凄い。ジェフ・チェンバース(ベース)に、エディ・マーシャル(ドラムス)、リッチー・コール(As) も加わって、こちらは実に落ち着いた雰囲気に終始。 日曜の夕方は地元のビックバンドに加わった。 「何だ、何だ、おじいちゃんばっかりだな」と思いきや、とんでもないサウンドが飛び出る。 一人一人がそれぞれリーダーアルバムを出しているような人ばっかりの集まりだった。 とりわけ、名前は知らないけど、赤い帽子のおじいちゃんが、チャーリー・パーカーばりの素晴らしいソロをとっていたのには、驚いた。 僕は ウェスになったり、フレディ・グリーンになったりして久し振りのビックバンドの心地良いサウンドに一緒にとけ込んだ。 最近僕は、演奏がほう右党に気持ち良い時、演奏中に小声で。「あー気持っちいいー」と言ってしまうのだ。 この時もそうだったし。先月マウイ島で海を見ながら弾いた時もそうだった。 みなさまも仕事をしながら同じセリフを言ってみて下さい。 きっと仕事が楽しくなるか、他の人から「大丈夫?」と言われるか、どっちかです。 遊びがなく、演奏の目的だけでサンノゼに行ったので、ホテルと会場の往復ばかりで、食事も、ほとんどホテルのレストランで済ませてしまい、美味しい報告は出来ません。 S.F.C.の方から「移住しちゃおうかな・・・なんて言わないでくださいね」と言われますが、その実心の15%くらい、アメリカの生活を考えています。 ハワイだとあまりにもテンション低そうだし、ニューヨークだと凌ぎを削りすぎて疲れちゃうし、やっぱ住むんだったら、カリフォルニア? って考えるんだよね。最近。 地元在住の友人からも勧められてるし、日本? 何だか特に最近嫌いになっちゃったね。 S.F.C.は不滅ですよ。 サンフランシスコ・ファン・クラブ でしょ? てか。 |